大阪地方裁判所 平成8年(ワ)9224号 判決 1997年3月27日
原告
富士火災海上保険株式会社
被告
太田泰生
主文
一 被告は、原告に対し、六〇万五三一二円及びこれに対する平成五年一〇月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一九〇万円及びうち一四〇万円に対する平成五年一〇月二日から、うち五〇万円に対する平成六年九月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告が運転する自動車が、小早川賀代子が所有し小早川哲也(以下「小早川」という。)の運転する自動車に衝突したため、小早川賀代子との間で自家用自動車総合保険を締結していた原告が、小早川賀代子に車両保険金を支払つたとして、被告に対し、商法六六二条に基づき、右保険金と同額の金員の支払を求めた事案である。
一 原告の主張
被告は、平成五年六月三日午前一時五〇分ころ、普通乗用自動車(大阪七九た九〇〇八、以下「被告車両」という。)を運転して、大阪府守口市寺方本通一丁目二〇番地先の道路(以下「本件道路」という。)の第二車線を進行中、本件道路の第一車線には小早川の運転する普通乗用自動車(奈良三三ろ九四一〇、以下「小早川車両」という。)が進行中であつたのに、同所の交差点(以下「本件交差点」という。)を小早川車両を巻込むようにして突然左折したため、被告車両を小早川車両の前部右側に接触させた(以下「本件事故」という。)。その際、小早川は、被告車両との接触を避けようとして左にハンドルを切つたため、進路左側の歩道上の植え込みないし縁石に小早川車両の左側を擦過させた。
二 被告の反論
被告車両と小早川車両との接触事故はない。特に、小早川車両の左側面の損傷は被告の運転と因果関係がない。
仮にそうでないとしても、小早川には安全確認義務、前方注視義務、速度・ハンドル操作の不適切等の過失があるから、賀代子に生じた損害について過失相殺がされるべきである。
第三当裁判所の判断
一 本件事故態様について
1 甲第一、第二号証、第三号証の一、二、乙第二号証及び証人小早川哲也の証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件道路は、片側各二車線の南北に延びる道路で、北行車線と南行車線とは中央分離帯により区分されている。また、道路の両端には歩道が設置され、歩道の車道寄りには高さ約九〇センチメートルの植え込みがある。
本件交差点は、信号機により交通整理の行われていない交差点で、本件道路と本件道路から北西方向へ向かう狭路(以下「北西道路」という。)とが交差している。なお、本件交差点の約四〇メートル北には信号機により交通整理の行われている交差点があり、東西に延びる道路と交差しているため、本件交差点付近では北行車線には右折車線が設置され三車線となつている。本件交差点付近から北では車線区分線は白線となつており、その手前では白線の破線となつている。
(二) 被告は、平成五年六月三日午前一時五〇分ころ、被告車両を運転して本件道路の北行の第二車線を進行し、本件交差点直前になつて第二車線から急に北西道路に左折進入した。同じころ、小早川は、小早川車両を運転して本件道路の北行の第一車線を進行していたが、自車の直前を被告車両が割り込むような形で左折し、その際、被告車両の後部左角が小早川車両の前部右角に当たつたように感じられたにもかかわらず被告車両が小早川車両に注意を払わずそのまま北西道路を進行して行くので、被告車両が接触事故を起こしたにもかかわらず逃走するものと思いこれを追跡し、被告車両が大阪府守口警察署の駐車場に入り込んで停止したので、同所に小早川車両を停止させ、被告とともに同警察署に出頭し、同日午前二時五分ころ同警察署の警察官に物損事故が発生した旨の申告をした。同警察署の警察官は、小早川車両の右前フエンダーに擦過凹損があり、また、被告車両後部バンパー左側に擦過痕及びマフラーに曲損があり、これらに整合性が認められたため、被告車両と小早川車両とが接触したものと確認した。その結果、後日、自動車安全運転センター大阪府事務所により、平成五年六月三日一時五〇分ころ、本件道路上で、被告運転の被告車両と小早川運転の小早川車両が接触する事故があつた旨の交通事故証明書が発行された。
2 以上によれば、被告は、平成五年六月三日午前一時五〇分ころ、被告車両を運転して本件道路の第二車線を進行していたが、本件交差点を左折するにあたり、あらかじめ第一車線に進路変更することなく、かつ、第一車線には小早川車両が進行中であつたのに、同車との間隔を十分に保たずに同車の直前を横切るように左折した過失により、被告車両の後部左側を小早川車両の前部右側に接触させたものと認めるのが相当である。
この点、被告本人は、左折開始直前にバツクミラー、サイドミラーですべて確認したが後方の車両は映つていなかつた、左折する前後にはシヨツクや異常は感じなかつたと供述する。しかし、乙第二号証によれば、被告は、被告が自動車保険契約を締結している保険会社(以下「保険会社」という。)から依頼を受けた調査会社(以下「調査会社」という。)の担当者に対し、左折開始当時被告車両の左斜め後ろに迫つている小早川車両に気付いていた旨説明していることが認められ、小早川車両と被告車両との損傷部位に整合性が認められること、小早川と被告とが守口警察署に出頭し前記のとおりの交通事故証明書が作成されたことに照らしても、被告の右供述は信用することができない。
二 小早川車両の損傷について
乙第一号証によれば、平成五年六月七日、保険会社の技術アジヤスターが小早川車両の要修理箇所及び修理費用について調査したところ、右前部及び左側面に損傷があり、修理費用は右前部が七五万六六四〇円、左側面が一二五万五七〇〇円とするのが相当であると認定したことが認められる。
ところで、小早川は、被告車両との接触を避けようとして左にハンドルを切つたため、進路左側の歩道上の植え込みないし縁石に小早川車両の左側を擦過させたと主張する。この点、証人小早川哲也の証言によれば、小早川は、本件事故直後守口警察署で小早川車両の損傷状況を確認した際には右前部の損傷に気付いたのみであつたが、その後小早川車両を修理に出した際、業者に指摘されて小早川車両の左側面にも損傷があることに初めて気が付いた旨供述し、甲第二号証にもこれにそう記載がある。
しかし、乙第二号証、第九号証によれば、本件事故当日、小早川は、守口警察署の警察官に対し本件事故により歩道上の植え込みに突つ込んだ旨の申告はしなかつたこと、調査会社の担当者が平成五年六月一六日に修理前の小早川車両の左側面を見分したところ、埃で汚れているせいもあつて一見殆ど無傷に見え、左側面のフロントバンパーからリアバンパーに至るまで細かく硬い竹箒で掃いたような長い傷が付いていた、左前輪タイヤ、ホイールには歩道縁石に接触したと思われる傷跡が二、三認められたが、うち一つは新しいものの他は黒ずんだ古傷であつた、また、フロントバンパー側面の傷は左ドアから後ろの部分の擦過傷とは傷の形態が異なつており、傷の地上高も各部まちまちであつたという結果であり、そのため、同担当者は、小早川車両の左側面の損傷は、ホイールだけでなく、接触傷も二次、三次にわたつて生じたものではないかとの意見であつたことが認められる。そして、証人小早川哲也は、本件事故までに小早川車両の左側を擦つたということはなく、本件事故当時歩道上の植え込みのところで擦つたとしか考えられないと供述しているにすぎず、かえつて、乙第七、第八号証及び証人小早川哲也の証言によれば、小早川は、本件事故によつて小早川車両の左側が当たつたり乗り上げた感じは受けなかつたこと、これまでに、少なくとも五回程度の物損事故に遭つていることが認められ、右のような事情に照らすと、小早川車両の左側面が本件事故によつて生じたものであると認めるには足りない。
したがつて、本件事故と相当因果関係の認められる小早川車両の修理費用相当額は、右前部に関する七五万六六四〇円に限られるというべきである。
三 過失相殺について
1 乙第二号証及び被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、本件事故当時、早く帰宅しようと思つて第二車線を時速約六〇キロメートルで被告車両を運転していたが、本件交差点の手前で左ウインカーを出したものの、減速が遅すぎたため、あらかじめ第一車線に寄ることなく左折を開始したことが認められる。
2 証人小早川哲也は、本件事故当時、被告車両が小早川車両の真横くらいにあつたので被告車両の左ウインカーは視界に入らなかつた、被告車両との接触を避けるためブレーキを踏んで小早川車両を左に寄せられるだけ寄せたと供述する。しかし、被告車両と小早川車両とがほぼ並進した状態で被告車両が左折を開始したのであれば、被告車両の左側面と小早川車両の右側面とが接触するはずであり、被告車両の後部左側と小早川車両の前部右側とが接触していることからすれば、被告車両の左折開始時には小早川車両は被告車両のある程度後方を進行していたものと推認され、被告車両の左ウインカーが小早川の視界に入らなかつたとする証人小早川哲也の供述は信用できない。そして、本件交差点の北には東西道路と交差する交差点があり、本件交差点の少し手前までは第一車線と第二車線との車線区分線は白線の破線となつていることに照らせば、小早川には、本件事故現場付近で第二車線から第一車線に進路変更する車両がありうることは十分予想できたといえ、しかも、甲第二号証によれば、小早川車両の本件事故当時の速度は時速五〇ないし六〇キロメートルであつたことが認められるから、小早川が被告車両の動静に注意し適切な措置を講じていれば、本件事故は回避することが可能であつたというべきである。そうすると、本件事故の発生には小早川にも二割の過失があつたと認めるのが相当である。
四 結論
乙第五号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、賀代子は、小早川車両を所有し、原告との間で自家用自動車総合保険を締結しており、原告は、右契約に基づき、賀代子に対し、小早川車両の車両保険金として、平成五年一〇月一日に一四〇万円、平成六年九月七日に五〇万円をそれぞれ支払つたことが認められる。しかし、前記のとおり、本件事故と相当因果関係のある小早川車両の修理費用は七五万六六四〇円であるところ、小早川には前記のとおり二割の過失があり、かつ、証人小早川哲也の証言及び弁論の全趣旨によれば、小早川車両の実質的な所有者は小早川であることが認められるから、右から過失相殺として二割を控除すると、残額は六〇万五三一二円となり、原告の請求は、被告に対し、六〇万五三一二円及び被告が賀代子に対し右相当額の保険金を支払つた日の翌日である平成五年一〇月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるというべきである。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 濱口浩)